新潟地方裁判所高田支部 平成7年(ワ)9号 判決 1997年1月30日
主文
一 被告は、原告中嶋泰夫に対し、金一七三八万九〇〇五円及びこれに対する平成六年六月二〇日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告は、原告中嶋亮子に対し、金一七三八万九〇〇五円及びこれに対する平成六年六月二〇日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
三 原告らのその余の請求を棄却する。
四 訴訟費用は二分し、その一を原告らのその一を被告の負担とする。
五 この判決は一及び二項につき仮に執行することができる。
理由
【事実及び理由】
第一 請求
一 被告は、原告中嶋泰夫に対し、三三三六万五九四二円及びこれに対する平成六年六月二〇日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告は、原告中嶋亮子に対し、三三三六万五九四二円及びこれに対する平成六年六月二〇日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
本件は、柔道部活動中に頭部を打って死亡した中学生の両親が、学校の設置者である被告に対し、部活動の顧問教師及び校長の過失を理由として国家賠償法一条一項に基づき損害賠償を求めた事案である。
一 当事者間に争いがない事実及び証拠上明らかに認められる事実
1 当事者(当事者間に争いがない。)
(一) 中嶋勇気(以下「勇気」という。)は、昭和五六年八月一一日、上越市において父原告中嶋泰夫及び母原告中嶋亮子の長男として出生した。勇気は、原告ら夫婦の愛情と期待に応え、健やかに成長し、平成六年三月、妙高高原町立妙高北小学校を卒業後、同年四月、妙高高原町立妙高中学校へ入学した。
(二) 被告は、妙高中学校の設置者であり、同学校の校長、教諭等の職員は全部被告の公務員である。平成六年六月当時、丸山猛(以下「丸山教諭」という。)は妙高中学の教諭、石倉照男(以下「石倉校長」という。)は同校の校長であった。石倉校長は丸山教諭を監督すべき立場にあった。
2 本件事故に至る経緯
勇気は、平成六年四月一一日ころから、妙高中学の柔道部に仮入部し、同月二五日、正式に入部した。柔道部の活動は、課外活動として行われ正規の教育活動に含まれるところ、その構成は、丸山教諭が主任顧問を務め、一年生が勇気を含め男子二名、二年生が男子二名女子三名、三年生が男子一〇名女子七名の合計二四名で三年生Kが部長を務めていた。(当事者間に争いがない。)
3 勇気は、平成六年六月二〇日、柔道部の練習中に具合が悪いと言って倒れた。当日は、定例の職員会議が開かれ、丸山教諭は練習には欠席していたため、柔道部員が丸山教諭を呼びに行った。丸山教諭が道場に駆けつけたときには、勇気は意識不明の状態であった。勇気は、県立妙高病院へ搬入されて応急措置を受けた後、同日午後六時四〇分ころ、県立中央病院に転送されたが、昏睡状態を続け、人工呼吸等の手当てを受けたものの、翌二一日午後六時四五分に急性硬膜下出血を伴う脳挫傷を原因として死亡した。(当事者間に争いがない。)
なお、原告らが、勇気の死傷の原因と主張している「後ろ腰」は、受けの体を後ろから抱きかかえ、前腰を突き出して体をうしろにそらせ、はずみをつけて、受けの体を前上方にほうりあげ、真ん前下に投げ落とす技である。
4 原告らは、日本体育・学校健康センター(以下「センター」という。)から死亡見舞金として一七〇〇万円、妙高高原町総合災害補償規程(以下「本件補償規程」という。)により死亡給付金として五〇〇万円の合計二二〇〇万円を受け取った。(当事者間に争いがない。)
二 争点
1 丸山教諭の過失
(一) 原告らの主張
本件事故は、バックドロップのような形の危険な「後ろ腰」をするので丸山教諭から正しい「後ろ腰」を指導されていた三年生のIが、勇気に対し、不十分な「後ろ腰」を掛け、このような特殊な技に対する受け身の習得が極めて不十分な勇気が頭部をマットに打ちつけたために生じたものである。
丸山教諭は、正規の教育活動として行われる柔道部の活動に関し、柔道部の練習に内在する危険性に鑑み、生徒の生命、身体の安全について万全を期すべき義務がある。丸山教諭は、柔道部の指導担当教師として、練習の内容・方法等について実技指導すべき立場にあったのであるから、練習の方法について安全性の観点から指示をなし、柔道の練習に立ち会って指導し、自ら立ち会えない場合は他にこれを依頼して安全を確保すべき注意義務がある。しかし、丸山教諭は、事故当日に練習が行われることを知りながら定例職員会議に出席して、柔道練習は欠席して生徒に任せており、本件事故について過失がある。
なお、新潟県教育委員会教育通知(教保第七七三号昭和四五年八月一三日付け「体育ならびに運動クラブ時における事故防止について(通知)」、以下「本件教育長通知」という。)の2の(4)項には「指導にあたれない場合は、危険のないよう練習の手順等を徹底しておくこと」を配慮項目の一つとして掲げているが、これは、本件については、練習は体力づくりの体操、受け身等だけにするなど立ち会い指導がなくても危険を生ずるおそれがない方法を確立することと理解すべきである。仮に、立ち会い指導ができないやむをえない場合に当たるので安全な練習手順等を徹底しておけば足りると解釈しても、日頃、丸山教諭は無理な技を掛けてはいけないなどの注意をしていたのみであり、事故当日は、部長Kに対して準備運動をきちんとするようにといった程度の指示をしただけであり、安全な練習手順等を徹底したとはいえない。
(二) 被告の主張
勇気の死亡の原因は、誰のどのような行為によるものか明らかでなく、因果関係は不明である。
丸山教諭は、平成六年六月二〇日の定例職員会議において、妙高中学が主管校及び会場校として同年七月一三日及び一四日に行われる「上越地区中学校柔道大会」の実施計画について提案発表することとなっていたため、やむを得ず部活練習の指導にあたることができなかった。また、定例の職員会議であり教員が全部参加するため監督者を配置することもできなかった。
しかし、丸山教諭は、「顧問教師の指導のもとに行われるのが原則であるが、やむをえず指導にあたれない場合は、危険のないよう練習の手順等を徹底しておくこと」旨の顧問教師が立ち会って指導ができない場合も当然ありうることを想定した本件教育長通知の2の(4)項にのっとり、事故当日は三年生の柔道部長Kに対し、丸山教諭が職員会議で練習に立ち会えないこと、通常の練習メニューを行い、準備運動を行うこと、けがのないよう十分注意をして行うことを指示した。丸山教諭は、事故当日の午後五時ころの乱取りが始まるころには職員会議も終了する予定であったので、そのころには練習に顔を出し指導する予定であった。
また、丸山教諭は、日頃から、部員に対して、<1>講道館柔道試合審判規定・少年規定にある禁止事項は一切しないこと、<2>投げ込みは、畳の上に更にマットを敷いて行うこと、<3>無理な投げを施さないこと(特に力の強い者は弱い者に対するときは気をつける)、<4>投げられる時は逆らわず、受け身をとること、<5>乱取りでは場外に絶対に出ないこと、<6>締め技を施されたときは無理をせず、すぐ参ったをする、参ったをしたらすぐに技をとくこと、<7>その他危険な行為はせず、無理はしないことを注意しており、安全な指導を徹底していた。なお、「後ろ腰」は、右<1>の禁止事項ではなく、Iが自己流のバックドロップのような返し技をしていて危険であるので、正しい「後ろ腰」を指導し、IとKには丸山教諭が見て指導しているとき以外にはしないように注意をしていた。一方、勇気は、六月に行われた二回の柔道大会ではきれいに受け身ができており、特に危険があるという状態でなかった。
このように、丸山教諭は適切な措置をとっていたものであり、本件事故は部活動中の偶発的事故であって予見可能性はなく、本件事故発生についての過失はない。
2 石倉校長の過失
(一) 原告らの主張
石倉校長は、正規の教育活動として行われる柔道部の活動に関し、柔道の練習に内在する危険性に鑑み、生徒の生命、身体の安全について万全を期すべき義務があり、丸山教諭を監督すべき義務を負う。石倉校長は、丸山教諭が本件練習に出席できないことを知っていたのであるから、柔道部の練習を中止させるか、それに代わりうる安全確保の手段を講ずべく丸山教諭を監督すべきところ、何らの措置を取らず、監督者としての注意義務を怠ったものである。
(二) 被告の主張
丸山教諭には過失はなく、石倉校長には監督者としての注意義務はない。
また、石倉校長は、丸山教諭に対し、毎年四月に学校運営の基本方針の一つとして、生徒の事故防止を徹底させ、安全対策を盛り込んだ部活動方針計画書を提出させ、さらに、毎月一〇日を目処に安全点検を行っていた。
3 損害
(一) 原告らの主張
(1) 逸失利益 三八七三万一八八五円
勇気は、満一二歳一〇か月の健康な男子中学生である。平成四年度賃金センサス全産業・企業規模・男子労働者全年齢平均年収は五四四万一四〇〇円、生活費控除率五〇パーセント、一三歳に対応するライプニッツ係数は一四・二三六(就労の始期一八歳、終期六七歳)として計算すると、三八七三万一八八五円となる。
なお、賃金センサス全年齢平均額・ライプニッツ方式の計算方法も不合理であるとはいえないとされることは確立した判例である。
(2) 勇気の慰謝料 一五〇〇万円
勇気は健康で希望をもって通学していたが、自ら格別非難されるような行動をとった訳ではないのに、若い生命を失った。
(3) 葬儀費 二〇〇万円
(4) 原告らの慰謝料 各二五〇万円
原告らは勇気の両親として将来を託した最愛の一人息子を失った。さらに事故後の中学校の校長をはじめ学校関係者は事故が外部に知れないようにすることに意を用い、事故が知れた後は、責任回避に躍起となるなど不誠実な対応をした。
(5) 弁護士費用 六〇〇万円
(6) 損害の填補
本件補償規程が準用する「災害補償保険普通保険約款」第二五条は、賠償責任保険と補償保険があるうちの後者補償保険に係る約款であり、賠償責任の有無にかかわらず支給される補償金として保険者に補償保険金が支払われる場合、被保険者が第三者に対して損害賠償請求権を有するときはこれに代位するとの規定であって、これをもって補償金が損害賠償金の性質を有することにはならない。そもそも、本件補償規程第二条は、補償金を被災者に支払うものと定め、第三条で補償金を支払わない場合について定めているが、これは、第三条の(1)から(11)に該当するもの以外には被告の賠償責任の有無にかかわらず補償金を支払うことを定めているものであり、まさに被災者またはその遺族の福祉の増進のために支給されるものである。
(二) 被告の主張
(1) 逸失利益
新潟県内の平均収入が全国平均の収入より低いことは公知であり、かつ、本件相続が親へのいわゆる逆相続の形態であって、相続の実質的意義の一つである遺族の扶養ないし生活保障的観点から考えるならば、勇気の計算上の就労の終期である六七歳までの五四年後の逸失利益までをその両親の扶養ないし生活保障として考慮されなければならないことは可能性としては低いこと、また、逸失利益を算定するに当たって就労の終期を一応六七歳とすることは一種の擬制であることからすると、逸失利益の算定は、より控えめな新潟県の産業計全労働者の一八歳から一九歳の年収入額二一八万五二〇〇円を基礎とし、これに生活費控除率五〇パーセント、一三歳に対応するライプニッツ係数又はホフマン係数を乗じた金額にすべきである。
(2) 慰謝料
学校関係者が事故を外部に知れぬように意を用い、責任回避に躍起となっていたということはない。学校関係者としては、事故発生からまず勇気の対応を第一と考えて行動してきたものであり、同人死亡後は仮通夜や遺族に対する対応、全校生徒に対する対応等に忙殺されていたものであり、外部にもれぬようにする意図も余裕もなかった。
さらに、勇気死亡後三五日目までは、ほとんど毎日、職員及び生徒が勇気を弔慰し、八月以降は、毎月命日に石倉校長、教頭、丸山教諭、第一学年職員が原告らを弔慰訪問している。
(3) 損害の填補
原告らが受け取った一七〇〇万円は日本体育・学校健康センター法二〇条一項二号に基づく災害共済給付の死亡見舞金であるところ、同センター法に基づく死亡見舞金は、損害の填補の性質を有し、右金員の限度で(第三者の行為があるとすれば)損害賠償請求権はセンターに移転したことになるから、原告らの請求する賠償額から控除すべきである。
原告らが受け取った五〇〇万円は本件補償規程二条に基づく死亡給付金であるところ、右規定は被告が全国町村会総合賠償補償保険に加入したことにより定められたものである。本件補償規程第五条によると右補償に関しては「全国町村会総合賠償補償保険契約特約書」、「災害補償保険普通保険約款」、「スポーツ災害補償特約条項」、「学校管理下災害補償特約条項」ならびに「入院医療補償保険金の支払いに関する特約条項」の規定を準用することとされている。この準用されている「全国町村会総合賠償補償保険契約および災害補償保険契約特約書」第一条によると、同特約、「災害補償保険普通保険約款」等の規定に従い保険金を支払うとされ、右「災害補償保険普通保険約款」第二五条一項によれば損害賠償請求権の代位取得を定める規定がある。したがって、本件補償規程に基づく補償金も損害を償う性質を有し、原告らの損害から当然控除すべきである。
4 過失相殺
(一) 被告の主張
勇気は、自己の受け身の技量が不十分であることを自ら承知していたのであるから、Iから「後ろ腰」を掛けられた際の危険性をある程度察知しえたはずであり、漫然と投げ込みの相手となった勇気には五〇パーセントの過失がある。
(二) 原告らの主張
「後ろ腰」の技が禁止されていたのはIであって、勇気は丸山教諭から「後ろ腰」の技の相手方となることを禁止ないし指導されていたわけではない。勇気が危険を回避できなかったのは、指導者が立ち会っていなかったためであり、過失相殺をすることはできない。
第三 証拠関係《省略》
第四 判断
一 勇気の死亡原因
1 前記第二の一の事実及び《証拠省略》によると次の事実を認めることができる。
(一) 妙高中学柔道部部員は、事故当日である平成六年六月二〇日午後三時四五分ころから学校内の柔道場で練習を開始した。当日の練習の参加者は、一年生男子二名、二年生男子一名、三年生男子七名であった。練習は、<1>集合(黙想、出欠確認、目標、礼)、<2>準備体操(ジャンプ、足の屈伸、伸展、前後回旋、側回、側屈、前後屈、体回旋、首の前後屈・回旋、手首足首の屈伸)、<3>柔軟(伸脚前屈二〇回、開脚前屈(左、右、前、各二〇回)、足の裏を合わせ開脚前屈二〇回)、<4>マット運動(前転、後転、開脚前転、開脚後転、側転、倒立前転、後転倒立)、<5>準備運動(引き、えび、逆えび)、<6>受け身(後ろ受け身(前進、後進各2回)、横受け身(二セット)、前回り受け身(二セット))、<7>打ち込み(同じ技を繰り返し練習し、崩し、体さばき、掛け方、力の用い方などを身に付ける練習方法で静止している相手に技を掛けるが投げる寸前でとめるもの。普通(一〇本×五回)、三人打ち込み(一〇本×二回)、スピード(一〇本×五回))、<8>投げ込み(技や移動条件を互いに約束して練習する方法、技を掛ける取りと掛けられる受けを交代して行うもの。一人約二〇本)を行い実際の試合と同様な<9>乱取りに進むメニューになっていたが、マット運動、準備運動は省略し、受け身も前回り受け身を行っただけで、打ち込みに入った。これは、同年七月一三日及び一四日に予定されている「上越地区中学校柔道大会」でよい成績を取ろうとして基本的な練習を軽視したためであり、このようなことは度々あった。
柔道部員は、打ち込み一〇本を五回やった程度で、すぐに投げ込みに入り、勇気は、受けを五回、取りを二回行ったが、その内容及び時間順は、<1>三年生Iが取り、勇気が受けとなり、「背負い投げ」二回、「後ろ腰」四回、<2>勇気が取り、Iが受けとなり、「背負い投げ」二回、<3>三年生Tが取り、勇気が受けとなり、「内股」一回、<4>三年生Aが取り、勇気が受けとなり、「払い腰」二回、<5>Iが取り、勇気が受けとなり、「後ろ腰」四回、<6>勇気が取り、一年生Yが受けとなり「背負い投げ」一〇回、<7>二年生Kが取り、勇気が受けとなり、「体落とし」一回であるところ、勇気はこのころ、吐き気を訴え、顔色が悪くなり、休憩するために歩き出したところで倒れ意識を失った。この時の時刻は午後四時一五分ころであった。
(二) 投げ込みは、畳敷きの上に置かれた縦四・八五メートル、横六メートルの長方形のマットの上で二組ずつ行われた。当時、Iは「後ろ腰」の練習をしていたが、同年六月一四日に妙高中学で開催された第四五回新井市頚南中学校柔道大会でプロレスのバックドロップのような非常に危険な技になり、型が崩れると相手が後頭部を打つ可能性があるため、同月一八日、丸山教諭から正しい「後ろ腰」の指導を受けたが、十分ではなく、丸山教諭から、自分がいないときは「後ろ腰」をやってはいけない、乱取りのときにやってはいけないと注意されていた。なお、この第四五回新井市頚南中学校柔道大会には石倉校長も出席しており、試合内容をつぶさに見ている。
(三) 勇気は、仮入部の同年四月一一日から、受け身の指導を受けており、同年六月五日に開催された上越地区中学校柔道部合同練習会・練習試合、同月一四日の第四五回新井市頚南中学校柔道大会に出場しており、本件事故の時点で日頃の練習に何とかついていけるようになっていたものの、受け身については完全にマスターしたとはいえない状態であった。勇気は、身長約一六一センチメートル、体重五六キログラムであったが、運動能力は劣るほうであった。事故当日、勇気はIに「後ろ腰」を掛けられて投げられたとき、苦しそうな顔をしたことがあり、勇気が投げ込みの受けをやった技のなかでは「後ろ腰」が最も衝撃を受けるものであった。
(四) 勇気が、中央病院に搬送されたとき、勇気には外傷・頭蓋骨骨折はなかったが、右脳硬膜下に約一ないし一・五センチメートルの厚さの血腫があった。そして、脳槽、大脳鎌に出血があり、右脳に正中変位が約一・五センチメートル、脳腔が閉じるなどの著しい腫れがあり、脳ヘルニアが起きており、脳の組織に外力が加わって脳細胞及び周辺の血管や組織が断烈している脳挫傷(左側にも及んでいる。)であった。脳挫傷の程度は非常に強く回復する可能性はなく、脳死に移行しうる状態であった。この脳挫傷の原因は頭部の額から上の部分に鈍的な外力及び回転性ないし直線的な外力が加わったことによるものであった。
3 右認定の事実からすると、勇気の死亡原因は、柔道部での投げ込みの練習中に頭部の額から上の部分に鈍的な外力及び回転性ないし直線的なかなり大きい外力を受けたことによるものであると認められるところ、勇気は受け身は一応できるようになっており、約束練習である投げ込みで「背負い投げ」、「内股」という通常の技には対応できたと認められること、勇気が受けとなった技のうち、「後ろ腰」がもっとも衝撃が強いこと、不完全な「後ろ腰」は頭部を打つ可能性があること、Iの「後ろ腰」は不完全のものであった可能性が大きいこと、勇気は受け身は一応できていたが、「後ろ腰」、しかも不完全な「後ろ腰」に対して受け身ができる技量があったとまでは認められないこと、勇気はIに「後ろ腰」を掛けられて投げられたとき苦しそうな顔をしたことがあること、これらのことからすると、勇気の脳挫傷の原因はIの「後ろ腰」が原因であると認めるのが相当である。
二 丸山教諭・石倉校長の過失の有無
1 《証拠省略》によると次の事実を認めることができる。
(一) 妙高中学においては、各部活には部員から部長及び副部長が、教員から主任顧問、副任顧問が選任され、この上に各部活動を統括する部活動主任教諭がおり、これを校長が統括していた。柔道部においては、丸山教諭(柔道三段、全日本柔道連盟指導者資格者、C級審判員)が主任顧問であり、副任顧問は西脇美弥子教諭、手崎長司教諭であった。柔道部は、教員以外から、部外コーチとして小島秀雄にコーチを依頼していた。
(二) 石倉校長は、毎年四月に部活動主任教諭に部活動計画書を提出させていたが、この中には、「部活動については顧問教諭の指導のもとに行われるのが原則とするが、やむをえず指導にあたれない場合は、危険のないよう練習の手順等をよく生徒に徹底すること」との本件教育長通知2の(4)項に基づき、主任顧問教諭が不在の場合には副任顧問ないし部外コーチが、これらの者が不在の場合には隣の部の主任顧問、副任顧問が立ち会うこと、職員会議などでこれらの者が立ち会えないときは順番に会議を抜けて巡視をすることとしており、校内に指導者がいないときは部活動をやめさせることが安全対策として盛り込まれていた。
(三) 丸山教諭は、柔道の指導を、文部省で作成した柔道実技の手引に記載された講道館柔道試合審判規定・少年規定により行っており、部員に対し、ここに禁止された事項は一切しない、無理な技を掛けたり、相手が掛けてきたときは無理な姿勢で踏ん張らない、強い者が弱い者に対し技量を超えるような無理な技を掛けない、締め技を掛けられたらすぐに参ったをする、参ったをされたらすぐに技を解く、投げ込みについてはマット上でするように指導していた。また、丸山教諭は、乱取りのときはなるべく自ら立ち会うようにしていた。なお、「後ろ腰」は、講道館柔道試合審判規定・少年規定において禁止技とはなっていない。
(四) 丸山教諭は、事故当日午後三時三五分ころから始まる定例職員会議において、妙高中学が主管校及び会場校として平成六年七月一三日及び一四日に行われる「上越地区中学校柔道大会」の実施計画について提案発表することとなっていたため、柔道部の練習の指導に午後四時五五分ころまで出席できず、全教員が職員会議に参加するため監督者を配置することもできず、また小島コーチも来る予定がなかったため、午後〇時三五分ころ、K部長に対し、練習に出れないが、通常のメニューどおり途中省略しないで練習をするように指示した。なお、Iが「後ろ腰」をやりたがっていたことは知っていたが、K部長に対し、特に、Iが「後ろ腰」をしないように注意するようには言っていない。定例職員会は、午後三時三五分ころから全教諭の出席のもと始まったが、巡視を行うことについては特に決めておらず巡視をする予定の教諭はおらず、石倉校長は巡視が決められているのかにつき確認をしなかった。
2 本件事故が起こった柔道部活動は、課外活動として妙高中学校の正規の教育活動の一環として行われていたものである。そして、このような学校教育活動の一環として部活動を企画、実施するに際しては、校長及び部活動指導教諭は、生徒を教育活動に従わせるのであるから、それによって生ずる危険から生徒の生命、身体の安全を保護する安全配慮義務があるというべきである。特に、柔道部活動は、スポーツ活動であるとはいえ高度の危険性が伴う格闘技を対象とするものであること、中学生は未だ心身の発達が十分でないことに鑑み、顧問教諭は原則として立ち会って指導監督し、自ら立ち会うことができないときは、練習を中止させるか、危険の予想されない練習内容にとどめるべき義務があるというべきである。
丸山教諭は、普段から部員の安全につき、講道館柔道試合審判規定・少年規定に禁止された事項は一切しないこと、その他、危険な行為をしないように指導していたことは認められるが、部員たちが基本的な練習を軽視する傾向があり、出席しようと思っていた時刻には投げ込みまで練習が進むことは予想できたはずであり、投げ込みにおいて、正しい「後ろ腰」ができないIが「後ろ腰」をやりたがっており、受け身についても完全にマスターしたとはいえない勇気と練習相手となることも予想しえたのに、当日は、Iの「後ろ腰」については特にK部長に注意を与えず、また、安全対策として決められていた巡視する者を決めることを提案することもせず、他に何ら柔道活動についての安全につき配慮していないことからすると、丸山教諭は、自ら立ち会うことができないときは、練習を中止させるか、危険を予想されない練習内容にとどめるべき義務、すなわち生徒に対する安全配慮を怠った過失があるというべきである。
なお、本件教育長通知2の(4)項には、部活動については顧問教諭の指導のもとに行われるのが原則とするが、やむをえず指導にあたれない場合は、危険のないよう練習の手順等をよく生徒に徹底することがうたわれている。しかし、この本件教育長通知2の(4)項は、運動部のクラブ活動において傷害や事故が発生している現状から、その防止には細心の注意を払い安全な活動が行われるよう留意する事項とされているものであり、やむをえず指導にあたれない場合は、危険のないよう練習の手順等をよく生徒に徹底することの内容は各部活の種類によって異なってしかるべきであり、柔道部活動のように高度の危険性が伴う格闘技を対象とする場合は、危険の予想されない練習内容にとどめるべきとすべきものと解するのが相当である。
次に、石倉校長の過失につき検討するに、石倉校長は各部活動を統括していたものであるところ、柔道部員を直接指導する立場にはあるわけではないが、統括者として直接指導する主任顧問を監督する義務があるところ、自ら、平成六年六月一四日に妙高中学で開催された第四五回新井市頚南中学校柔道大会に出席しており、Iが危険な技をすることを知っていたと認められること、事故当日に定例職員会議が開催され、柔道部の部活には教諭は誰も指導できないことを知りながら、このような場合に行われるべき巡視の態勢を取られているのかを確認しなかったものであり、石倉校長も統括者として生徒に対する安全配慮を怠った過失があるというべきである。
以上によると、本件事故は、丸山教諭及び石倉校長の各過失により生じたものであるから、被告は国家賠償法一条一項により後記損害を賠償する責任がある。
三 損害
1 逸失利益 三七七七万八〇一一円
勇気は、満一二歳で死亡したが、満一八歳から六七歳まで就労することが可能であったと推認されるから、就労可能年数を四九年間とし、平成六年度賃金センサス、全国男子労働者、産業計・企業規模計、学歴計、全年齢平均年収額を基準として、ライプニッツ係数を使用する方式によって、生活費控除率を五〇パーセントとして、勇気の得べかりし利益の原価を計算すると次のとおりとなる。
557万2800(円)×13・558×0・5=3777万8011(円)
なお、被告は新潟県の産業計全労働者の一八歳から一九歳の年収入額基礎として計算するべきと主張するが、勇気が新潟県内で生涯を送ると認めるに足る的確な証拠はなく、一八歳から一九歳の初任給で年収入額を固定するのは人間の能力の向上、社会的経験を無視することとなり相当でない。
2 勇気の慰謝料 一三〇〇万円
本件事故の態様、事故の結果、勇気の年齢、家庭の状況その他本件に顕れた一切の事情を勘案すると、勇気が本件事故により死亡したことによって被った精神的損害は一三〇〇万円とみるのが相当である。
3 葬儀費 各五〇万円
原告らが、勇気の両親として勇気の葬儀を営みその費用を支出したものと認めるが(弁論の全趣旨)、具体的な葬儀費用につき何ら証拠は提出されておらず、原告それぞれにつき各五〇万円が相当である。
4 原告らの慰謝料 各一〇〇万円
原告らは、その愛情と期待に応え、健やかに成長した勇気を不慮の事故で失ったこと、その他本件に顕れた一切の事情を勘案すると原告らの慰謝料は各一〇〇万円とするのが相当である。
なお、原告らは、学校関係者は事故が外部に知れないようにすることに意を用い、事故が知れた後は、責任回避に躍起となるなど不誠実な対応をした旨主張する。しかし、勇気が倒れた後、妙高中学の教職員は、救急車の手配、妙高高原町教育委員会教育長に対する通知を行い、石倉校長、丸山教諭ほか三名の教諭が県立中央病院に交代で泊り込むなどし、石倉校長は、勇気が平成六年六月二一日午後六時四五分に死亡した連絡を受けた後すぐに教育長、上越教育事務所にこの事実を報告し、丸山教諭とともに仮通夜にも出席するなどしており、警察に対し事故の報告を二二日午前九時三〇分ころ問い合わせがあるまでしなかったものの、事故が外部に知れないようにすることに意を用いたと認めることはできない。また、同年七月二三日付PTA会誌には、勇気は柔道練習中に具合が悪くなったとの記載があり、被告議会において、被告の瑕疵はなかった旨を当時の被告代表者が発言していること、同年七月二八日、丸山教諭が原告中嶋泰夫に対して、側頭部を打つ可能性としては勇気は一人で受け身の練習をしていたときが一番ある旨発言したことは認められるが、丸山教諭は、「後ろ腰」により勇気が頭を打った可能性を肯定しているとおり、その他、右PTA会誌の記載、右被告代表者の発言を捉え、被告関係者が事故が知れた後は責任回避に躍起となったと認めることは相当でない。
四 過失相殺
本件事故の直接の原因は、Iの「後ろ腰」が原因であるところ、勇気は一年生の部員であり、自己の受け身が未だ不十分であることを認識していたとしても三年生のIから「後ろ腰」と指定されて投げ込みの練習を申し込まれた場合にこれを拒否することは困難であるものと認められ、過失相殺をするのは相当ではない。
五 損害の填補
1 原告らは、センターから死亡見舞金として一七〇〇万円、本件補償規程により死亡給付金として五〇〇万円の合計二二〇〇万円を受け取っているところ、右センターからの死亡見舞金は、日本体育・学校健康センター法二〇条一項二号に基づく災害共済給付の死亡見舞金であるところ、右災害給付は義務教育諸学校の管理下における児童又は生徒の災害につき、学校の設置者が児童又は生徒の保護者の同意を得て当該児童又は生徒についてセンターとの間に締結する災害共済給付契約により行うものである(同法二一条一項)。この災害共済給付契約には、学校の管理下における児童又は生徒の災害について学校の設置者の損害賠償責任が発生した場合において、センターが災害給付を行うことによりその価額の限度においてその責任を免れさせる特約を付することができ(同法二一条三項)、この免責の特約を付した災害共済給付契約に基づきセンターが災害給付を行ったときは、同一の事由については、当該学校の設置者は、その価額の限度においてその損害賠償の責めを免れることができ(同法四四条一項)、センターが災害共済給付を行った場合に、当該給付事由の発生につき、国家賠償法等により損害賠償の責めに任ずる者があるときは、その給付の限度において、当該災害に係る児童、生徒、学生又は幼児がその者に対して有する損害賠償の請求権を取得することとなる(同法四四条二項)。また、センターは、災害共済給付の給付事由と同一の事由について、当該災害共済給付に係る児童又は生徒が国家賠償法等により損害賠償を受けたときは、その価額の限度で災害給付を行わないことができる(同法施行令五条三項)。これらの災害共済給付と損害賠償の調整の規定からすると、右死亡見舞金一七〇〇万円は損害の填補に当たるものと認めるのが相当であり、右一七〇〇万円は原告らの損害から控除するものとする。
2 本件補償規程による死亡給付金五〇〇万円は、被告が設置する学校の管理下にある者が身体の傷害を被り、その結果死亡した場合等に一定の給付金を、補償金として被災者に支払うものである。そして、本件補償規程第五条によると、この規程にない事項については「全国町村会総合賠償補償保険契約特約書」、「災害補償保険普通保険約款」等の規定を準用することとされているところ、右準用されている「全国町村会総合賠償補償保険契約特約書」(全国町村会総合賠償補償保険契約および災害補償保険契約特約書)第一条には、同特約書、「災害補償保険普通保険約款」等の規定に従い保険金を支払うとされており、「災害補償保険普通保険約款」には「被保険者が第三者に対し被災者の傷害について損害賠償に関する請求権を有する場合において、当会社が補償保険金を支払ったときは、その金額を限度として被保険者が被災者の傷害についてその者に対して権利を取得する」旨の条項(第二五条一項)がある。この「災害補償保険普通保険約款」は町村が法律上の損害賠償責任が生ずるか否かに関係なく、町村が被害者に支払う補償金(見舞金)を填補する補償保険に適用されるものであり、本件の死亡給付金五〇〇万円もこの補償保険によるものであるが、右代位取得の規定があることからすると損害の填補を目的としたものと認め、右五〇〇万円は原告らの損害から控除するのが相当である。
原告らは、本件補償規程第二条は、補償金を被災者に支払うものと定め、第三条で補償金を支払わない場合について定めているが、これは、第三条の(1)から(11)に該当するもの以外には被告の賠償責任の有無にかかわらず補償金を支払うことを定めているものであって、被災者またはその遺族の福祉の増進のために支給されるものである旨主張する。しかし、本件補償規程第三条で除外されているのは、被災者の故意、被災者の脳疾患、疾病又は心神喪失、被災者の妊娠、出産又は流産等により被災者が身体に傷害を被った場合等であり、この除外事由により本件補償規程第二条の給付が被災者またはその遺族の福祉の増進のために支給されるものと認めることはできない。
六 弁護士費用を除いた原告らの損害 各一五八八万九〇〇五円
以上によると、原告らは勇気の逸失利益及び慰謝料をそれぞれ二分の一ずつ相続しこの額が二五三八万九〇〇五円であるところ、これに固有の慰謝料及び葬儀費を加算すると二六八八万九〇〇五円となる。これから、死亡見舞金一七〇〇万円、死亡給付金五〇〇万円の合計二二〇〇万円の二分の一の一一〇〇万円を控除すると一五八八万九〇〇五円となる。
七 弁護士費用 各一五〇万円
原告らが本訴の提起、遂行を原告訴訟代理人に委任したことは記録上明らかであるところ、本件事案の内容、認容額及びその他諸般の事情を総合すると、原告らの弁護士費用は各一五〇万円とするのが相当である。
八 結論
以上によると、原告らの本訴請求は、それぞれ一七三八万九〇〇五円及びこれに対する不法行為の日である平成六年六月二〇日から支払済まで民法所定年五分の遅延損害金を求める限度で理由がある。
(裁判官 菅原 崇)